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【イラン戦争最前線】冷血警察官のメタノイア(回心)~ゼイトゥーンの残照と潜伏司祭の掌に宿る『救済の力』

  ❤ 市民に銃口を向けた警官はなぜ任務を全うしなかったのか? 【本稿の要約】 2026年3月。アメリカの爆炎が地平を震わせてから数日後、いまだに砂塵と火薬の匂いが立ち込めるテヘランの街を不気味な静寂が領していた。 監視の網を潜り抜け、密室で「 ある秘め事」に勤しんでいた市民を、突如として国家の暴力が強襲した。そこにいたのは地下ミサを捧げる「潜伏司祭」と、死を覚悟した十数人の「潜伏信徒」であった。 銃口を突きつけ、全員をスパイ容疑で拘束しようとした「体制の番犬」。冷酷な「抑圧者」であった男は、なぜ引き金から指を離したのか?そこには、国家の制御をも無効化する、「聖なる介入」があった。 イラン戦争の渦中で起きた、警察官の回心の記録。宗教地政学と多文化カトリシズムに 通暁した筆者が、日本のメディアが沈黙し続ける「潜伏教会の真実」を、万能の科学をもってしても否定し得ぬ聖母出現の系譜とともに解き明かす。 テヘランの熾火(おきび)―死罪覚悟「潜伏信徒」動く   空襲警報が鳴り響く日々が続いていた。この極限状況の中で、テヘランの街の片隅にあった古びたアパートの一室で、その「奇跡」は起きた。  イラン政府は1979年のイラン革命前からキリスト教徒であった一部の少数民族 (註1/下段参照) だけに信教の自由を辛うじて認め、その家系に属する者だけに厳しい監視と引き換えに政府公認の「表の教会」に通う許可を与えている。  ペルシア系の国民 (純粋なイラン人) がイスラムの教えを捨てることは重罪であり、発覚すれば投獄は必至、下手すれば死罪が宣告される。実際に法的な死刑が執行された時代は1990年代に終わっているが、それは国際世論を考慮してのことであり、改宗の科で逮捕された人が 不審な死 (拷問、当局による密室の殺害等) を遂げる事例は後を絶たない。  昨今、背教罪で容疑者を投獄すれば、アムネスティ・インターナショナルなどの国際人権団体がすぐにその事実を全世界に公表するため、 イラン政府は ペルシア人がイスラム以外の他宗教に 帰依する行為を 「反政府活動」、「スパイ行為」 と定義し、10年から15年の長期禁錮刑に処している。巧みに国際的な「死刑批判」をかわしつつ、依然として弾圧行為を継続してきた。反米色が一層強まった今日では、再び暗黒の時代が甦りつつあるような印象を受ける。 Cf....

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